ルッコリーナで開かれたイタリア料理を食べる会(その1) [イタリア料理]
FOODEXウィークの3月7日(土)、
都内のイタリアレストランでイタリア料理の会が行われた。
主催したのは、イアリア料理研究家の北村光世さんだ。
なぜこの会が開かれたのか。
少し長いけど、お付き合いください。
↑サン・ニコラ社の社長の息子、マッティアさん、北村光世さん、ルッコリーナの松島シェフ。
初めて北村さんのお宅に伺ったのは15年前。
以来何度も鎌倉のご自宅で、おいしい料理をご馳走になった。
ある年の春先、庭に自生する山椒をあしらった、タケノコの煮物をいただいたことがある。
「京都の生まれなので、こういう料理も好きなのよ」
と言って、北村さんはいたずらっぽく微笑んだ。
けれど和食をご馳走になったのは、後にも先にもそのときだけ。
北村家の食卓に並べられる料理は、いつもイタリア料理だった。
豆のスープ。
ナスのオリーブオイル漬け。
ラムチョップのローズマリー風味。
手打ちのエッグパスタ。
ライスサラダなど、あげれば切りがないぐらい様々なイタリア料理をご馳走になった。
けれど、料理を供することだけが、北村さんの食卓ではない。
料理をゆっくりと味わってもらいながら、
「イタリア料理を愛する人に、イタリアの食文化や郷土料理を伝えたい」という思いがある。
たとえば。
バーニャカウダは、ピエモンテの郷土料理だ。
オリーブオイルが採れないピエモンテで、なぜバーニャカウダが生まれたのか。
ピエモンテはイタリアを代表する高級ワイン、バローロの産地として知られている。
その南に接するリグーリアは、暖流の関係でオリーブオイルが採れる。
ピエモンテは自慢のワインと交換することで、
リグーリアのオリーブオイルやアンチョビを入手し、
バーウニャカウダを作るようになったというのである。
イタリアの食文化の話に耳を傾けながら食べる北村さん手作りのイタリア料理は、
格別だった。
北村さんが作るイタリア料理の大半が、イタリアのマンマに習ったものだ。
マンマから学んだ料理を客にふるまい、そのレシピをテレビや自著、雑誌で伝えてきた。
「それをどなたかに伝承したいと思っていました。
自分が習ってきたものを次の世代に伝えたいんです」
それともうひとつ、長年考えていたことがある。
イタリア人は情熱的に、かつ伝統を重んじながら、
これまで何百年もの間、今日スローフードと呼ばれる食材を作ってきた。
ところが、きちんとした状態で食べないと、せっかくのイタリア食材のよさがわからないし、理解してもらえない。
そのためにも限りなくイタリアに近い食の世界を日本で再現し、
イタリアの食文化やスローフードを体験してもらえないだろうか。
自宅でもてなす客には、自分が体感してきたイタリアスタイルの料理を提供してきたが、
これからは別な形でより多くの人に食べてもらいたい。
↑15年前、北村さんは南イタリアの3人のマンマに、竹ひごのような道具で作るパスタを習った。
そうしたふたつの思いがあり、FOODEXウィークの3月7日(土)、
イタリア料理の会が開かれた。
北村さんが選んだ場所は、ルッコリーナ(千代田区)。
この店は、イタリア食材のインポーター、光が丘興産が昨年開業したイタリアンだ。
毎年FOODEXには、エミリア・ロマーニャからワイン、プロシュット、
パルミジャーノ・レッジャーノ・チーズの生産者でもある友人が来日する。
彼らをルッコリーナに招き、イタリアと同じスタイルでワインを飲み、
プロシュット、パルミジャーノ・レッジャーノ・チーズを食べてもらうことにした。
↑サン・ニコラ社のマッティアさんと外国営業担当のフランチェスコさん。
↑光が丘興産のソムリエの青井さんと、ボンフィーリオさん。ボンフィーリオさんはパルマでカッラ・ディ・カザティコというワイナリーの社長だ。今回のイベントには、すべてボンフィーリオさんが造ったワインに合う料理が供された。
↑プーリアから特別ゲストも参加。家族や親戚でコーヒーメーカーを営むブルーノカッフェだ。デザートには、彼らのコーヒーを使ったスペシャル・ティラミスが登場した。
今回、エミリア・ロマーニャの郷土料理を中心にメニューを考えた。
パンも、エミリア・ロマーニャの伝統的なパンを食べてもらいたい。
北村さんは、エミリア・ロマーニャのシミリ姉妹に教えてもらったパンのレシピを、
ルッコリーナの松島シェフに伝えることにした。
自分が体で覚えたレシピを、松島正シェフに伝承してもらうことにしたのだ。
(つづく)
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